今年のクリスマス
「ねぇ。まー君とそー君はクリスマスの予定決めたの?」
幼馴染の十希子にそう訊ねられて、雅夜
( と奏夜( は一瞬だけ顔を見合わせた。
十希子が唐突に話題を振ることはままあることだが、その表情がいつもとは違って浮かない顔だったからだ。「えっと……まず部活でクリスマスパーティーやるって言ってたよね?」
「うん。24日の昼に」
「で、夜はいつもと同じで家にいるぞ。多分今年も母さんがケーキ焼くんじゃないか?」二人の答えを聞いて、十希子は少し目を見開いた。
「なんだ。今年は高校生になったし、どっちかには彼女が出来たのかなって思ってたのに」
「かっ……」
「のじょ?」十希子の発言に動揺した雅夜が詰まって奏夜が疑問形で台詞を引き継ぐ。
いつもながら見事なコンビネーションだ、と十希子は思った。「そうよ。だって、まー君もそー君もすっかり有名人じゃない。お騒がせ双子だってよく噂聞くよ?二人とも毎日ラブレター貰ってるとか、今日はどのクラスの女の子が泣かされたとか」
「誰だよ、そんな無責任な噂流してんのは」
「まぁ人の口に戸は立てられないって言うし」
「おまえが言うなよっ」絶妙なタイミングを見極めたかのような奏夜の突っ込みを、十希子は何度見ても関心してしまう。
実はこの二人って家でこういうことをずっとやっているのかもしれない。「だからね、クリスマスだし誰かとお付き合いすることにしたのかなって思ったの」
十希子がそう言うと、雅夜も奏夜も困ったような顔をした。
「うーん。残念ながらそう言う人はいないね」
雅夜はそう言うとちらりと奏夜の方を見る。
視線を受けた奏夜は困りきった挙句に眉を寄せて問い掛けた。「なんだよ。十希子はオレたちに彼女がいた方がよかったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」今年は何か違うのかも、と思っただけだ。
高校生になって初めてのクリスマスだから、何かが変わるのかもしれないと。「ただ、クリスマスなんだなぁって思って」
そう言いながらも耳には街のどこからか流れてくるクリスマスソングのメロディが届いて、目には様々な装飾や光が飛び込んでくる。
十希子は一つ溜め息をついた。
そして、雅夜と奏夜はそんな彼女の行動心理をはかりかねてそれぞれ首を傾げる。「そういえば昔、クリスマスにたくさん雪が降ったことがあったね」
「え?あぁ、うん」突然話が変わって、慌てて相槌を打つ雅夜。
本当に今日の十希子は変だった。「あの時、庭いっぱいに雪だるま作って面白かったな」
「作りたいのか、雪だるま」
「そういうわけじゃないんだけど……」十希子からはまた同じ答えが返ってきて、どうにも会話にならない。
それがわかっていながら、どうすることも出来なかった。「うん。じゃ、また明日ねっ!」
唐突に十希子は話を切り上げると、一人で勝手に納得して、大きく手を振って駆け出した。
その後ろ姿をしばらくの間見送った後、雅夜と奏夜はどちらからともなく呟いた。「……何だったんだ?」
「さあ」疑問だけがむなしく沈黙に落ちて、途方に暮れた。
「十希子ーーっ!!」
次の日の放課後、名前を呼ばれて振り返ると、雅夜と奏夜が走ってくるところだった。
学校の廊下で大声で名前を呼ばれることなど今までなかったものだから、十希子は驚いてただ二人がやって来るのを見守った。「どうしたの、二人とも」
「今日、家に来いよ」
「……なんで?」
「いいからいいから」両側から腕をとられて強制連行。状況を把握する前に昇降口の所まで来ていた。
結構下校中の生徒たちの視線を集めてしまっていて、恥ずかしい。「えーと、何か約束してたっけ」
「してない」
「じゃああの、今日の部活は?」
「あー、もう休むって先輩たちには言ってあるから」
「何でそんなに用意周到なのっ?!」形ばかり上げた抗議の声もむなしくそのままわけもわからず二人の家に連れて行かれた。
ちょっと待ってろよー、と居間に通されて待たされることしばし。
そういえばずいぶん久しぶりにこの家に上がったような気がして十希子はゆっくり周りを見回した。
見覚えのあるものと、ないものが少し。
でも、ここにある雰囲気や匂いは変わっていなかった。
そのことに、ちょっとだけ安心する。「十希子」
呼ぶ声に驚いて振り返ると、居間の入り口の所に雅夜が立っていた。
二人は本当によく似ている双子だけど、見ただけですぐにどっちなのかわかる。
だって、やっぱり違う人だから。「準備できたからおいで」
にっこり微笑まれてつられて頷く。
どうしてかな、昔からこの笑顔には逆らえないんだ。「あれ、そー君の部屋?」
「うん。久しぶりかな、入るの」
「そうだね、居間よりも久しぶり」少し緊張しながらその部屋に入ると、すっかり様変わりした部屋の家具と変わらないままの壁紙が目に入った。
その後に、部屋の中央に置かれた小さなちゃぶ台の脇に座った奏夜と目が合う。
ちゃぶ台の上にあるのは、ガラスの器と……。「えっと、一つ訊いていい?」
「いいよ」
「こんな真冬にかき氷?」でーんと置いてあるペンギンのかき氷機と、氷とシロップ。
この時期にここにあるのはとんでもなく不自然に見えた。「これから食うんだよ」
言って、奏夜はがりがりと氷を削ってメロンシロップをかけると十希子にずいっと差し出した。
「遠慮すんな」
「あ、うん。ありがと……」奏夜が三人分作るのを待って、十希子は勧められるままにそれを食べた。
「冷たい」
「そりゃ、雪だからな」
「雪?氷じゃなくて?」
「あー。それは話すと長くなるんだけど」雅夜が苦笑しながらゆっくりと昨日のことだけど、と話し始めた。
「十希子、雪がどうとかって言ってたろ?」
「うん……言ったけど」
「でも、ここ数日のうちに雪なんて降りそうになかったから、いきなり奏夜が言い出したんだよ。じゃー降らせるぞって」
「どうやって?」奏夜の方を見るが、彼はふてくされたようにあさっての方向を見たままだった。
それを受けて、雅夜が苦笑しながら説明を続けてくれる。「いきなりかき氷機持ち出してさ。削った氷を降らせようとしたんだよね」
「それ、上手くいったの?」
「全然。手伝わされて、うちわとか扇風機とかで雪らしく降らせようとしたんだけど」
「せんぷうきっ?」思わず部屋の中を見回すが、それらしいものは見当たらなかった。
そんな十希子を見て雅夜は肩をすくめる。「母さんに呆れられたからもう片付けたよ。俺も無理だって言ったんだけど、奏夜は言い出したらきかないから」
「やってみなきゃわからないだろっ?!」そう言って、奏夜はかき氷を口に運んだ。
うん。絶対にすねている。「そしたらどういう理論展開なのか、かき氷を食べることになってさ。シロップ探して夜中までいろんな店を廻ったってわけ」
「夜って……なんでそんなに慌てて」
「うん。早く十希子に元気になって欲しかったみたい」とんでもなく恥ずかしいことを言われたような気もするのに、雅夜があまりにも自然な口調で言うから、そうなんだと自然に相槌を打ってしまった。
「だからこれ、氷じゃなくて雪なんだ」
「そういうこと」口の中に運ぶと、メロンの味がする。
それがあまりにも当たり前で、胸の奥が熱くなった。「十希子?」
「あ、うん。ありがとう、まー君、そー君」なんだか、色々気にしていたのが馬鹿みたいだった。
迷わなくても、ここにはまだ居場所があったのに。「おいしい、雪」
「そうだろう。努力の結晶だ」
「それはいいけど、努力を人に強いるのはいけないと思うよ、奏夜」
「十希子のためだ。惜しくないだろうが」二人の会話がおかしくて、ひとしきり笑った後にシロップをかけた雪をおかわりした。
特別なことはしていないけどそのことが幸せで、十希子はいつものように笑う。
それを見て、雅夜と奏夜も笑った。
なんにも変わっていないクリスマスが、なんだかとても嬉しかった。
END
穂波さんより、扉の城10000Hitover記念企画でいただきました。
心温まる、想像以上に素敵なお話をどうもありがとうございます♪
快くリクエストに答えて書いてくださって感謝感謝です!*背景素材は「水澄ましの歌」様よりお借りしました。