僕らのカタチ
「暑いなあ」
昼休みのひと時、ことの始まりは雅夜のそんな一言だった。
呟かれた言葉は誰かに聞かせる気などなかったが、それを聞きつける者がいたのは当然といえば当然だったのかもしれない。「雅夜がそんなこと言うなんて珍しいな」
「そうかな」
「だって、いつも平気そうな顔してるでしょ?」雅夜は、奏夜
( と十希子( に両側から尋ねられて多少面食らいながら軽く肩をすくめる。「平気ってわけじゃないよ。言っても仕方ないから言わないだけで」
雅夜は気楽そうに笑ったが、つまりそれはずっと我慢しているということなのではないだろうか。
奏夜と十希子はしばらく顔を見合わせた。「よし、プールでも行くか」
「さっき体育で入っただろ」
「だからいいんじゃんか。水着もあるし学校帰りに行くんだよ」
「いいなあ、二人で行けて」
「え」仲間はずれにする気など全くなかった二人は思わず目を丸くして十希子の方を見る。
その視線を受け止めると、彼女は困ったように笑った。「だって、女子はテニスだったもの」
「……そっか。忘れてた」
「高校の体育って完全に男女別なんだっけ」慣れたことと、まだ慣れていないことがある。
未だに中学のときと同じ気分を引きずっているのはいいことではないと思うけど、顔ぶれが変わらないのだから仕方ないと誰かに言い訳をした。「行けたとしても、私は中学のときの水着しか持ってないけどね」
「それはいくらなんでもどうかと思うよ……」
「そう?」
「いいから、誰か友達と買って来い」
「着る予定がないのに?」全くと言っていいほど自分を着飾ることに関して興味がない十希子に女子高生という観点から若干の危惧を感じつつ、雅夜はそれならと提案した。
「じゃあ、海行こうよ。みんなでさ」
「みんな?」
「そう。友達みんなで」雅夜にそう言われて、十希子はぱっと顔を輝かせる。
まるで面白いことを見つけた子どもみたいな表情だ。「うん、夏休みになったら行こう!」
思わぬところで予定が立ってにわかに心が浮き立ち始めたけれど、十希子はふとさっきまで何の話をしていたのかを思い出す。
「それで、まー君が暑いって話はどうしようか」
「別にいいよ、それほど辛いわけでもないし」
「ダメだよ」
「そうそう。せっかくだから涼める方法考えようぜ」二人揃って妙にやる気を見せるものだから、雅夜はそれ以上の遠慮の言葉を噤
( むことにする。
一生懸命考え始める彼らに水を差すのも悪いと思ったからだ。「……じゃあさ、今日はまー君とそー君の家でカキ氷大会でもするとして」
「あっ、いいなそれ」
「とりあえず今がすごく暑いから」
「うん」
「学校脱走してコンビニでアイス買って来ようっ」
「え……、えーーっ?!」まさか十希子がそんな大胆なことを言うとは思ってもみなかったので、双子の驚きの声は叫びにもにた大きさになったが、昼休みということもあって周りの騒がしさに紛れてそれほど気にとめる者はいなかった。
そんな彼らの視線の先で、十希子はすっくと立ち上がる。
顔には抑えきれない笑みが浮かんでいた。「それって校則違反じゃ……」
「知ってる」
「どうしても行く気か」
「うん。まー君にアイス食べて欲しいし、みんなで食べたいし」十希子は勿体つけて、それに、と付け足した。
「ちょっと憧れてたんだ。学校抜け出すの」
「あはは、漫画の読みすぎー」
「でも、いいんじゃね? この暑さじゃ罪も軽くなるかもしれん」
「そんなわけないって」一応たしなめてはみたけれど、結局のところ自分も十希子の提案には逆らえないのだろう、と雅夜は思った。
だから奏夜は早々に賛成したのかも知れない。
俺達は、きっとそういう風に出来ている。
十希子が差し出した手を、拒むことが出来ないように。「じゃ、行こうよ」
十希子は無自覚に二人を従えて歩き出す。
雅夜と奏夜は彼女の後ろを歩きながら苦笑で会話した。
猛進気味のリーダーについて、果たして無事に生還できるのだろうか。
まあ、無事でなくてもついていくのだけれど。
双子は互いに頷いて両側から十希子の手を取る。
未知の世界を探検するみたいな気持ちになってわくわくし始めると、それに気づいた十希子が言った。「よし、昼休み終わっちゃうからダッシュー!」
おー、と答えて三人は昇降口まで走り始めた。
ちょっとした冒険の旅に出るために。
END
穂波さんより、誕生日プレゼントとしていただきました^^
穂波さんの書かれるこの3人の物語がとても好きで、「何かリクはありますか?」
と言って頂く度に、遠慮もせず(笑)お願いしてしまいます・・・。
今回も、中学・高校のころを思い出して懐かしくなるような素敵なお話、どうもありがとうございました^^
2006.Sep