「好き」

 

 

「終わったんだなぁ」

 奏夜そうやがそんな風に呟くと、優しい春の風が気まぐれに頬を撫ぜた。

「そうだね」

 答えた雅夜まさやは猫のようにひとつ伸びをして、そのあとに溜め息をつく。

「後片付け時間かかったね」
「じゃんけん負けたから仕方ないけどな」
「二人そろって」
「そう、二人そろってだ」

 双子だからってそんなところまで似ているのは嫌だとお互いに思った。

「三年生、卒業しちゃったね」
「来年はオレたちなんだよな。そろそろ高校もちゃんと決めないといけないし」

 卒業式というものは、卒業する方も大変だが送り出す方にも様々な感傷を残す。
 四月から始まる新しい学年に思いを馳せて、それぞれ居心地悪そうに歩いた。

「みんな帰ったかな」
「だろうな。腹減った」
十希子ときこも待ってるだろうし、早く行こうか」
「おお。……って、ん?」

 急に足を止めて振り返った奏夜にあわせて雅夜も立ち止まる。
 奏夜は難しい顔をして校庭の方に目を凝らしていた。

「どうかした?」
「今、十希子がいた」
「一人で?」
「いや、三年と一緒」
「……それってさ」

 雅夜が言い終わる前に奏夜は駆け出していた。
 止める暇さえなかった雅夜は、一つ溜め息をついた後に奏夜のあとを追いかけた。

 

 

「好きです」

 聞こえてきたのは、思い描いていたとおりの言葉。
 十希子はこちらに背を向けていたのでその表情まではわからないが、何となく驚いて目を見開いているような気がした。
 周りを見渡して今にも突進していきそうな様子の奏夜を見つけると、雅夜は更に足を早めて走りやっとのことで捕まえた。

「なにす……っ」

 騒ぎ出す前に強く腕を引いて、そのまま十希子の姿が見えなくなる所まで走る。
 もう誰もいなくなった体育館のそばまで来たとき、奏夜は掴まれていた腕から手を振り払って雅夜を睨みつけた。

「どういうつもりだよ」
「それはこっちのセリフ。邪魔するんじゃないよ」
「なんで」
「だって、俺たちはただの幼馴染みだろ。無責任に口を出すことなんて出来ないよ」

 睨み付けるような強い視線の奏夜を負けじと睨み返す。
 二人はしばらくそのまま睨み合っていたが、やがて奏夜がゆっくりと口を開いた。

「じゃあ、はっきり言えばいいんだ?」

 その言葉の意図がわからなくて雅夜は眉をひそめる。

「それは、どういう意味」

 にわかに緊張感が場を支配して、ただお互いの顔を見詰め合った。
 その場に彼女が現れるまでは。

「まー君にそー君?どうしたの、こんなところで」

 待ち合わせは昇降口じゃなかったっけと言外に訊ねたが、二人とも十希子の方を振り返っただけで何も言わなかった。

「えと、どうした……の?」

 微妙な空気を感じ取って次第に声が小さくなる十希子。
 いつもとそう変わらない彼女を見ていたら、もしかしたらさっきのは見間違いだったのかもしれないという気さえしてくる。
 だが、それを改めて確かめるのも躊躇われた。

「十希子」

 凍りついた空気を打ち破るような奏夜の声が綺麗に響いた。
 十希子はそれに救われた気がして、意気込んで返事をする。

「なに、そー君」
「好きだよ」

 十希子は言われたことの意味がわからずに少しの間息を止めたままだったが、そのあと反射的に雅夜の方を物問いたげに見る。
 十希子の困り果てた視線と奏夜の挑むような視線を受けて、雅夜は肩をすくめたい気分になった。
 奏夜の言ったことに本当は深い意味なんてないんだけど、それを告げる気にもなれなくてちょっとしたいたずら心が湧きあがる。
 十希子には悪いけれど、優しく笑いかけた。

「俺も好きだよ、十希子」

 そう言うと十希子は一気に頬を染めて息を飲んだ。
 そして、何かを言おうと口を開いては閉じるという動作を繰り返す。
 その様子をしばらく眺めたあと、雅夜と奏夜の二人は顔を見合わせて笑った。

「行こうか」
「え?」
「さ、早く」
「ええー?!」

 わけがわかっていない十希子の手を引いて歩き出す。
 その困惑した表情がおかしくて、二人は声を立てて笑った。

「だからなんなのよ、二人ともーっ!!」

 両手を繋いだまま叫ぶけれど、気の合った双子は目配せだけして何も答えなかった。
 ただ、一緒にいたいだけなんだ。
 その為に好きだという理由が必要なら、いくらだってそう言う。

「大丈夫、十希子のこと好きだから」
「そうそう。大好きだよ」
「意味わかんないー」

 不服そうな十希子に構わず、子どものような笑顔を向ける。
 この関係がなくならないように、心から好きだと言った。

「十希子は?」

 不意に奏夜がそう訊ねる。
 雅夜も興味深げに覗き込んで来たので、十希子は二人の視線を一身に浴びて言葉に詰まった。
 こんな時に言える言葉なんて一つしか知らないけど、こういう意味で言ってもいいのかわからなかったのだ。
 だって、さっき言えなかった言葉だったから。

「好きよ」

 それでも十希子がそう言うと、二人は微笑んだ。
 自分たちの関係が新しい何かに変わったような気がしたからだ。
 恋愛なんてしなくてもいいから、出来るならどうかそのままでいて。
 身勝手と知りつつそう願うと、雅夜と奏夜は十希子の手を握り締めた。
 好きという言葉は、春の青空に何となく似合っているような気がした。

 

 

 END

穂波さんより、扉の城15000Hitのキリ番プレゼントとして「卒業」をテーマに書いていただきました。
前回書いていただいた3人にまた会えて感激です!
春の空と風を感じるようなラストシーン。3人の関係がずっと続きますように、と願わずにはいられません。
本当に素敵なお話をどうもありがとうございました^^